移ろう路の面影をゴールドに乗せて

「台東区長賞」受賞宝石・時計いのうえ所属 髙橋里奈さんインタビュー

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制作アイデアが形になるまで、どのくらいの期間がかかりましたか?

髙橋
昔から心にあったデザインを具現化したので走り出しはスムーズでしたが、出品が正式に決まったのが3月半ば、手作業の膨大さを考えると、やはり時間は限られていました。

本格的な作りの作業は約1か月半といったところです。スケジュールが本当にタイトで苦しみましたが、絶対に完成させる!という強い気持ちでなんとか乗り切りました。

デザインから制作まで、すべてひとりでやり遂げた。不安だったことはありましたか?

髙橋
ひとつは制作にかかる時間管理です。実は当初、制作は通常業務と並行してできるだろう、ぐらいの気持ちでのんびり構えていましたが、何でもお見通しの社長から現実的に厳しいと諭されました。

チーム宝石・時計いのうえとして支え合う

完成までのスケジュールをあらかじめ組んでもらうことで、気持ちの面でずいぶん楽になったと思います。

おかげで『何を』『どこまで』『いつまでに仕上げる』という小さな目標を地道にこなしてゆくだけでよくなりました。

また作品そのものについては、ゴールドのピースの高さや大きさを感覚をたよりに手探りで作ったので、キャスト(鋳造のこと。金属を熱でとかし鋳型(いがた)に流し込んで器物を作る製法。)が上がるまでは狙い通りにイメージが構築できるか、不安はかなりありました。

メインパーツの個数がかなりあるにもかかわらず、試作品らしいものもないまま(いきなり金を加工するという)勝負に挑んだので。

さまざまな悩みや迷いを抱えながらも、一度決めたら大胆に行動に移す姿が印象的です。

髙橋
元々宝飾を主として勉強を積んできたわけではないので、今回の制作でも初めての経験がたくさんありました。例えばチョーカーの留め具。

既製品を買ってきて分解し、構造を勉強するところからスタートです。作りの途中であまりにバネを飛ばして失くすので、最後は上久保さんにピアノ線を譲ってもらって手作りしました。

結果的にそれが一番上手くいった。

ライバル同士、助け合ってますね。

髙橋
技術的にわからないところは上久保さんに聞いて、教えてもらうことが多いです。それは学生の頃からずっと変わらない。

制作中はお互い余裕がないせいか、つまらないことでケンカもたくさんしましたが、経験の浅いわたしにはとても頼りになる存在です。


今後作りたいジュエリーについてお聞かせください。

髙橋
『誰か』の心に響くジュエリーを作っていきたいです。

少し前では大衆に受け入れられることが物を作る上での前提だったかもしれませんが、多様化する現代社会では『好きなものを分かち合う』ことができる。だからこそ個性を売りにできるのだと思います。

私自身がかつて、ジュエリーデザイナーの石川暢子さんの作品を美術館で見て感銘を受けた時のような衝撃を、別の誰かに与えられたら幸せです。

私の仕事は作りだけでなく、店頭で接客に立つときもあれば、広告などにも関わります。

お客様との会話はジュエリーを作る上でも良い刺激を与えてくれますし、勉強になります。さまざまな経験を積みながら、今後も宝飾の素晴らしさと可能性を追い求めていきたいです。

JJA 2021 「台東区長賞」受賞作品『軌跡』 受賞作品写真
クラフトマン 髙橋里奈 写真

明日への課題

終始にこやかにインタビューを受けてくださった 髙橋里奈さん。

ゆっくりと落ち着いた口調は大人しく控えめな印象ですが、会話を重ねるにつれ、宝飾に携わる職人としてのプライドと内に秘めた情熱が時折垣間見える瞬間がありました。

これまでデザインと作りを同時に兼ねた環境の中で、のびのびと自身の制作に打ち込んだ彼女ですが、『もっと腕を磨き、知識を深めていかないと。』と職人として決意を新たにする場面がいくつもあったようです。

解決するべき課題は見えている。経験を積んだ彼女が次はどのような作品を見せてくれるか。今後の活躍がとても楽しみです。

今回、内閣総理大臣賞が決まった上久保さんとは同じ大学出身で、現在も先輩・後輩でありながら良きライバル関係を築いているとのこと。互いに完成までのプロセスを間近で見守りつつ、時に意見をぶつけ合いながら共に闘う日々でした、と制作当時を笑いながら振り返る彼女の表情は清々しく、とても爽やかでした。

「全ての道はローマに通ず」という諺がありますが、彼女の作品「軌跡」を見ていると、どこからか冷たい石畳を歩く人々の雑踏や雨露に濡れて霞む名もなき往来、そんな遠いローマの光景が目に浮かぶようです。

髙橋さんの学生時代の作品 写真

「aspiration」2015年作
銀・銅・真鍮・銀メッキ、煮色仕上げ


作家データー :髙橋里奈

1993年福岡生まれ、2015年九州産業大学芸術学部を卒業。
2021年、一級貴金属装身具製作技能士取得。

大学で学んだ金属工芸を活かせる場を求め、宝石・時計いのうえに就職。好きな画家はクリムト。憧れている作家はノブコイシカワさん。

JJA 2021 グランプリ サムネイル

グランプリ「内閣総理大臣賞」受賞作品
『Twinkle~星影の記憶~』

デザイナー・制作者:上久保泰志